一般社団法人「Chefs for the Blue」代表理事

佐々木 ひろこ

フードジャーナリスト&ライターの佐々木さん。およそ7年前、シェフに取材していたところ、日本で揚がる魚が小さく、少なくなっている状況に気付き、「海のサステナビリティ」の提唱をスタート。まだまだ注目されていなかった頃から、一般への啓発活動や草の根的なワークショップを重ね、いまでは国の政策提言にも関わっておられます。

Q,佐々木さんが提唱する「海のサステナビリティ」とはどのようなものなのでしょうか。

みなさんは、日本の漁業にどんなイメージを持っていますか?日本は海に囲まれているから、水産資源に恵まれ魚介類が豊富にとれるというイメージを持っていませんか?実はそれは過去の話で、今、日本の漁獲高は年々減り続け、存続の危機に直面しているんです。たとえばサンマは、2011年には21万トン以上あった漁獲高が、2020年にはわずか3万トンと著しく減少しています。この状況を打破し、日本の海が豊かであり続けることを「海のサステナビリティ」と呼んでいます。

Q,漁獲高がそこまで減っているとは衝撃的です。なぜそのような状況になってしまったのでしょうか。

環境破壊が原因だと思い込んでいる人が多くいますが、そうではありません。もし環境汚染が原因なら、世界中で魚が減っているはずですが、漁獲高が減少しているのは実は日本だけ。あまり知られていませんが、主な要因は過剰漁獲なのです。水産資源は唯一の自己回復力を持つ地球資源と言われ、魚は繁殖によって自ら増えてくれます。ところが増加分を上回る量を獲ると、当然ながら、どんどん数が減ってしまいます。日本では、過剰漁獲によって魚の数が減り、近年では幼魚まで獲るようになりました。卵を産まないうちに獲るために繁殖力が低下し、ますます数が減るという悪循環に陥っています。

その一方で、小骨が多くて食べにくいからとか、鮮度が落ちやすく前処理が大変だからという理由で捨てられてしまったり、養殖の餌にされてしまう魚もいます(未利用魚)。獲る量を減らすとともに、獲った分は有効活用するようにしないと、魚の多くを輸入に頼ることになりかねません。今でもサバやサケなどは、食用のものはほとんどが輸入品なんですよ。

Q,状況を改善する手立てはあるのでしょうか?

主要因は過剰漁獲ですから、漁獲制限をすることがもっとも有効です。欧米、特に北欧では、漁獲量の減少を早くから問題視し、1990年ごろから漁獲制限を行ってきました。それが功を奏して増加に転じたのですが、日本は対策が遅れたために、簡単には回復できないレベルまで魚の量が減ってしまっています。2019年から水産庁による漁獲制限の取り組みが始まり、一歩ずつ前進していますが、これが想像以上に大変で地道な仕事なんです。魚種や漁法によって、どのくらい制限をかけるべきかはバラバラですから、一つ一つ現状調査を行って決めなければなりません。しかも、急に制限をかけると漁師さんの生活が成り立たなくなってしまうため、慎重に進める必要があります。漁業は、農業や林業と比べても先が見えづらく、今日獲れても明日はまったく獲れないかもしれない、という世界ですから、計画的に制限をするのはとても難しいのです。

養殖をすればいいじゃないかと言う人もいますが、実は養殖も海の資源に頼らずにはできません。たとえば、マグロの養殖で餌となるアジは、海から獲ってきています。完全に人工で魚を育てることはできないのです。

Q,一朝一夕には解決できない複雑な問題であることがよくわかりました。佐々木さんはこれまでどのような活動をされてきたのでしょうか。

私がはじめて海の状況を知り、危機感を抱いたのは7年前です。当初、日本の水産資源が減っていることや、その主要因が過剰漁獲であることは、誰にも知られていませんでした。この危機的状況を人々に伝えるため、まずは魚を料理するシェフたちを相手に勉強会を開き、未利用魚を活用した料理を考案してもらいました。それを提供してもらい街頭イベントなどの啓発活動を始めたのですが、最初はまったく注目されず、苦労しました。海の状況を説明しても、「そんなわけない、だって魚はスーパーに並んでいる。嘘をついているでしょ」と信じてもらえないことすらあったんですよ。まるで暗いトンネルの中を方向もわからずに走っているようでした。一歩一歩進めた甲斐あって、7年を経た今では認識が広まりつつありますが、前述のような内情はまだ知られていません。今後も継続的な啓発活動が必要だと感じています。

Q,私たち消費者にできることはなんでしょうか。

まずは、この現状を知ることです。いま食卓に並んでいる魚がどのようにして海からやってきているのか、どれだけ貴重な資源なのかを認識してほしいと思います。消費者はみな、安くておいしいものを選びたいと考えますが、安いのには理由がある。必ず誰かが、あるいは地球が、そのしわ寄せを引き受けているのです。これからは価格ではない基準、サステナビリティという基準で、モノを選ぶように意識改革していかなければなりません。

最近では未利用魚を活用したアップサイクル商品も増えているので、そういった商品を手に取ることもひとつだと思います。ただし、中には海のダメージを加速するようなものもありますから、注意が必要です。たとえば幼魚。「市場に出すには小さすぎる魚を有効活用」と謳って幼魚の活用がブームになりつつありますが、前述のように幼魚は本来獲るべき魚ではありませんから、これは誤った方法です。正しい知識を持って商品を選ぶことがとても大切です。

Q, Food Up Islandも食にまつわる団体として、何かできることを見つけたいと強く感じました。Food Up Islandに期待することを教えてください。

Food Up Islandは有志活動ということもあり、熱量や機動力がとても高いと感じます。私たちも草の根活動から一歩ずつ始めて今に至っているので、FUIのみなさんもぜひ根気強く活動してください。消費者への情報発信や普及啓発など、今後一緒にやれることを探したいですね。