東北大学名誉教授地球村研究室代表

石田 秀輝

環境科学のスペシャリストである石田秀輝先生は、Food Up Islandにとっての師匠のような存在です。1年間のワークショップで講師を務めていただき、Food Up Islandメンバーが「地球や社会が続いていくために必要なこととは何か?」を考える土台を作ってくださいました。ワークショップの結果をまとめた書籍「2030年未来のマーケティング」を一緒に出版できたこともうれしい記録です。そんな先生のお考えを伺いました。

SDGsの目標年度である2030年、私たちはどんな社会を目指すべきでしょうか?環境科学の第一人者である先生のお考えを聞かせてください。

一言でいうと「ワンプラネット」ですね。今の私たちは、生活のあらゆるシーンで電気を使い、必要以上にモノを買っては使い捨て、食べられるものも次々と廃棄するような暮らし方をしています。これは地球を食いつぶしているといっても過言ではありません。こんな暮らし方を続けていると、資源もエネルギーも足りなくなって地球が2.7個分必要になるとも言われています。2030年には、地球1個=ワンプラネットで賄っていけるような社会を目指さなければなりません。

ワンプラネットの社会、ちょっと抽象的で難しいですね。もう少し詳しく教えてください。

もしかしたら、脱炭素や再エネ、脱プラなど環境テクノロジーをフル活用した近未来的な社会を思い浮かべる人が多いかもしれませんね。SFに出てくるような(笑)。でも私はそうではないと考えています。もちろんテクノロジーは重要ですが、それだけでワンプラネットの社会は実現できない。なぜなら、技術開発と消費増加のイタチごっこになるからです。私は以前企業のCTOを務めていましたが、省エネやエコの製品をいくら開発しても、環境問題はいっこうに解決する兆しがありませんでした。技術を開発すると、人は結局それを上回るスピードでエネルギーを消費したり環境を汚染したりするようになってしまうのです。だから私たちはテクノロジーに頼りきるのではなく、自分たち自身の消費のしかた、暮らし方、つまりライフスタイルから変革していく必要があるのです。環境を破壊しない、新しいライフスタイルで生活する社会こそが、ワンプラネットの社会だと考えています。

ライフスタイルを変えるとは、具体的にどういうことでしょうか?なかなかイメージがつかないのですが…。

たとえば江戸時代を思い浮かべてみてください。電気は使わないし、モノも使い捨てることなく大切に扱っていたでしょう。でも、江戸時代の生活に戻れと言われても、到底できませんよね(笑)。我慢を強いられる省エネ生活では長続きしないし、みんな不幸になってしまいます。

ではどうすればいいのか?私は、エネルギーを使わずとも、オシャレでかっこよくて、心が満たされるような暮らし方、新しくてワクワクするライフスタイルを模索すべきだと考えています。Food Up Islandでもワークショップを行い、約300個にも及ぶさまざまなライフスタイルを描きました(詳細は書籍を参照)。たとえば、「住まいの排熱利用で、都市型農業を副業にする」、「地方への季節移住で子供に食育を授ける」、「クルマゼロで車道をビオトープにする」などなど…。ワクワクするでしょ?

※石田先生とFUIが描いたライフスタイル…「2030年未来のマーケティング」で書籍化。

ワクワクしますね。でも、普通の都会人がそういうライフスタイルへ変えるのはハードルが高そうです。先生は実際に沖永良部島で自給自足生活をされていますが、ポイントはなんでしょうか?

私のような田舎暮らしを急に始める必要はありませんよ(笑)。

最終的に目指したいライフスタイルは描きますが、一足飛びにそれを実現するのは困難でしょう。まずは都会に暮らしながら、環境負荷を下げるためにほんの少し工夫をしてみる。制限や不自由さを楽しんでみる。そういう小さな一歩から始めればいいのです。今の都会人は、極端に言えば自給率0%ですよね。食べるものもエネルギーも自分ではつくらず、誰かに頼っています。でも、もしベランダの一角でちょっとした家庭菜園を始めたら、その自給率が0.1%だけ上がる。そんな工夫を積み重ねて、少しずつ変えていけばいいと思います。

2030年まであと数年しかありません。そのわずかな期間で、身に沁みついたライフスタイルを変革できるでしょうか?

できると思います。人類が誕生してから20万年ですが、今のような過剰なエネルギー消費をするライフスタイルになったのはここ数百年―もっと言えばわずか数十年前のこと。人類にとっては、地球と共存する社会のほうがはるかに長い歴史を持っている。新しいライフスタイルに適応するポテンシャルは十分にあるはずです。

コロナ禍が良い事例です。人と会えない、外出すらできない、そんな制限のある生活の中でも、私たちは一人ひとりが工夫し、自分なりのライフスタイルをつくり、ささやかな楽しみを見出してきましたね。外出できないからこそ、地元のおいしいお店を発見したり、家族との会話が増えたり、在宅で仕事する姿を子供に見せる機会ができたり。コロナ禍のおかげで気づいたこと、良かったこともあった、と言う人もいるくらいです。たとえ制限があっても、当たり前だったことができなくなっても、私たち人間は短期間で適応できるということを、コロナは証明してくれたと思います。その適応力を地球環境のために発揮できるかが、ワンプラネットの社会実現のカギです。

人々のライフスタイルを変えるために、企業がすべきことはなんでしょうか?

新しいライフスタイルのハードルを高くしている要因のひとつは、実はいまの企業や業態にあります。たとえば家庭菜園にしても、安価な量産品がどこでも手に入れば、誰だって自分でつくるような面倒なことはせず、そっちへ流れてしまいますよね。量産品が悪いわけではありませんが、企業はそれだけ提供するのではなく、人々が「自分でつくってみようかな」「工夫してみようかな」と思えるようなモノやサービスを開発し提供してほしいのです。ワンプラネットで生きるための新しいライフスタイルを後押しすること、それが、これからの企業の使命ではないでしょうか。

Food Up Islandに期待することはなんですか?

今は食品会社の集まりですが、もっと異業種を取り込んで業界横断的な存在になってほしいと思っています。業種が変わると、描くライフスタイルも大きく異なります。Food Up Islandのワークショップで描いたライフスタイルも、会社によってずいぶん違いました。自由奔放だったり真面目だったり、企業カラーや人柄も出ていましたね(笑)。同じ食品業界でさえ、会社が変われば違いが出るのだから、業種が変わればさらに多彩になると思います。描く場面も、食品会社だけでは食卓が中心かもしれませんが、住宅メーカーが入れば家全体に広がる。自動車メーカーが入れば移動のスタイルも描けるでしょう。多様な視点から描いたライフスタイルを、企業活動や事業を通して、会社を越えて実現していってください。期待していますよ。